8月3日号のAERAにわたしが出ています。
AERAが注目する21世紀生まれの30人に選んでいただきました。ありがとうございます。
「未来をつくるつながる力、才能を磨きながら周囲と高め合う次世代のフロントランナー」「次の未来を描き出す30人」とあり、30人の他のみなさんを見ると、圧倒される。
わたしは自閉症当事者として発信している。それはわたしの日常を書くことである。才能があるとする皆さんと、わたしが並んだ時、そこでわたしに才能はあるのか。
あるのは自閉症の特性ではないのか。
自閉症をとったら何か残るのか。
そのようなことを、自分でも思うし、周りから言われる。でも、自閉症はわたしから取り外しできないので、その仮定は意味がない。わたしはこれからも、自閉症の特性の一例を伝える活動を深めて行きたいと思い、その考えにそって、受験の準備をしている。
受験は優しくない。例えば、評定平均というものがある。高校一年生から受験までの全科目の平均値ではかる。その平均値で受験できる大学が決まる(全てではない)。体育も技術も全部混ぜて判断される。わたしは身体をうまく動かすことができないので、体育も技術美術もできない。身体のコントロールだけでなく、理数もできない。得意な科目もあるが、できない科目に削られてしまう。
なぜこんなことができないのか!と聞かれる。
そんなこと、わたしが聞きたい。
教えられれば理解はできまする。しかし、わたしは目の前で行われていることも、意識から遠ざかる場面がたくさんある。しょっちゅうスタックして、フリーズするコンピュータである。または、すぐエンストする古い車を、なだめすかしている。周りを何も見ずに走り出す四歳児、しかし暦の年齢は18歳という面もある。
未来をつくる一員に名前をあげてもらった。そこに自分が居ていいのかという疑問は、ゴミ箱に入れた。わたしの立場は、いつも流されている。自閉症になろうと思ってなったわけでもない。作文で賞を取ろうと狙ってもいない。次から次にやってくる乗り換えのビークルに乗り継いでいる。
しんどいと思うのは、自分ばかり見ているからだ。自分の気持ちと見つめあってばかりいる。気持ちなんて、お腹の減り具合やお天気で簡単に変わる。その時は絶対的に感じるけど、人の気持ちは意外と出鱈目だから、信用するな。そう言われた。
選択肢が二つあったら、社会貢献できるほうを選べ。
本来のわたしはそんなきれいな考えは持っていないし、考えたこともなかった。いつも自分の怒りに振り回されて、その気持ちをなんとかしようとばかりだ。
誰でもそんなもんだよと言われた。気楽に行こうよ。
自分の人生はできれば運転したいけど。
行き先の決定を委ねなければいけない場面の方が多い。
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告知
9月に就労支援のKaienさんの「ニューロダイバーシティサミット JAPAN 2026 ~ 境界線の再定義「分ける?分けない?」 ~」で、わたしが作ったプレゼンテーションを発表します。
出版を経て感じたことや、今回のサミットのテーマの「分ける?分けない?」をゆるく話します。詳しいことは、お盆明け以降にKaienさんが告知するそうです。よかったら見てください。

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