わたしは高校三年生になってしまった

 春休みはあちこちのオープンキャンパスに行った。行きたい大学はあるけれど、自分の成績ではかなり難しい。オーキャンに行っても、無駄かとも思う。ワクワクとした気持ちと、空虚な気持ちに挟まれながらの毎日だ。

 大学の門をくぐると、「一人暮らし、就活応援センター」という看板が見えた。そうだ。そろそろ母の世話から離れなければならない。さらに気持ちが沈んだ。いつも母にこの話をすると「あなたは標準的な成長ではないから、ゆっくりでいいよ」と言う。

 成長が標準的ではない。一般的には、18になるからしっかりしなければならない。高校三年生。受験生。勉強しても見合う成績が取れない。

 発達障害は、発達が凸凹とは言うが、本当にでこぼこだ。左右の天秤が常にあって、自分の価値が揺れている。最近は、マイナスの方が目に入ってしまいやすい。周りの同級生がとても大人に見える。

 わたしは自分の姿を掴みにくい。自分の気持ちも掴みにくい。自分の全体像はもっと見えない。ゆえに将来も見えない。

 友達は「もうすぐ親から離れられる」と言ってはしゃいでいる。わたしは母親無しでの生活がとても不安だ。離れねばならない気持ちと、それはできない気持ちが戦っている。実はその決断を誰もわたしに迫っていない。だけど追われているような気持ちがある。

 大学には「学習支援センター」と言うものがあった。わたしのような発達障害の特性も支援してくれるそうだ。これを聞いて、わたしはとても安心した。大学にもわたしの居場所はあるのかもしれない。急いで大人にならなくてもいいのかもしれない。

 オープンキャンパスで、高校の同級生に出会った。あれ?お母さんは一緒じゃないの?と彼はわたしに言った。そんなにわたしは親と一緒にいるのだなと思った。母が印刷した地図とその日のプログラムは持っていたが、母はいない。今日は緊急以外、連絡をしてくるなとも言われていた。わたしはいつのまにか、一人で初めての場所も行きつつある。

 大学生協では、大学生が働いていた。わたしは相手の言っていることをまっすぐ聞き取るのが下手である。だから、アルバイトは迷惑であるかもしれないと考えている。でも同級生がお客であるこのアルバイトは、少しハードルが低いような気がした。雇ってくれる人が良いよと言ってくれたら、チャレンジしてみたいと思った。
 
 少し後ろ向きなことを書いているが。わたしは将来やりたいことは、見えてきている。やりたいことと、できることは別だと感じている。だから揺れている。

 本の出版によって、みなさんの反響を得た。それをもっと深めて、活動できる学部に進みたい。社会の中に発達障害者の椅子を作りたい。わたしは、助けれらて生きてきた。わたしは、できれば助けられる側と、助ける側の両方に立てる人になりたい。橋となりたい。これを考えるようになったのは、読者のみなさんのおかげである。

 先日、「高校生小論文コンクール」で賞をいただいた。未来について書いた文章である。できるかできないかを考えず、ただ書いた。これから先、焦らずに未来に近づきたい。どうしても焦ってしまうのには、もうそのままでいよう。


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