ぼくと発達くんは共に過ごす

 わたしとハッタツくんのイラストは「わたしは、あなたとわたしの区別がつかない」の挿絵で最初に書いた。わたしの中に住んでいる、小さなわたしだ。書いたら、すごくはっきりした。自分の中にハッタツ君がいるのだと具体的になった。文章に書くと自分にわかりやすくなる。自分で書いて、自分で理解する感じだ。それをイラストで書くと、もっとはっきりする。今までよりも濃い形を持って、わたしの中を動き出す。

 わたしは、あなたとわたしの区別がつかない。でもそれと同じくらいに、自分が自分だと思えない。けれどハッタツ君が、自分の中に居るのはわかる。幼ない頃は、ハッタツ君を意識していなかった。わたしたちは、たぶん分離していなかった。わたしとハッタツくんの間に差もなかった。

 最近、わたしは急激に成長している。わたしという発達障害は、毎日は成長しない。ずっと止まっていることがある。何も変わらなくてジリジリする。力を溜めて飛ぶ瞬間を待っているのかもしれない。そうであると想像すると我慢がしやすい。ある日、急に世界が変わる。今までわからなかったことがわかったりする。

 ある例のはなしをする。わたしはコーヒーが好きだ。カルディに買い物に行くと、コーヒーをたまにもらえる。もらいに行くと「お母さんはどこ?コーヒーあげていいですか?」と母へ確認が入る。そしてさらに紙コップを二重にしてくれて「熱いから気をつけてね」と渡してくれる。ついこのあいだまでそうだった。

 ある日を境に、カルディの店員さんはコーヒーを直ぐにくれるようになった。母は呼ばれない。その日から、もう二度と確認されない。当たり前のようにコーヒーをくれる。違う場所の違うカルディに行っても、くれる。

 たぶん、そのあたりでわたしは一段階成長した。数日で背が伸びるわけでもない。何かが変わって、小さな子供と思われなくなった。鏡を見てもわからない。あとから気がつく。コーヒーがもらえることには、家族が気がついた。いつもわたしの近くでコーヒーの許可出しをしていた家族だ。

 その頃から、わたしの中のハッタツ君は、すごく暴れるようになった。前よりもっと扱いづらくなった。ちょっと静かにしていてくれと思えば思うほど、うるさい。うるさくて、黙ってくれと怒鳴ってしまう。上手くバランスが取れない。

 わたしが考えていることは、自分自身が思いついたことと、教えられて考えたことがある。自分が大きく成長する時、だいたいわからない。何か調子がおかしくなって、こう言うことではないかと相談した人が教えてくれたりする。

 わたしとハッタツ君は、だんだん歳の差が大きくなる。幼ない頃は一緒に遊べたけど、一緒に高校生活はしにくい。まずこれを認知する。認知には葛藤がある。時々、この年下の自分を邪魔に思う。認知などせず追い出したい自分もいる。そして発達障害ではない自分を想像する。でもあんまり想像できない。この話に結論はない。まだ真っ只中だからだ。

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 今回、わたしはハッタツ君を絵にして持って歩こうと考えた。suzuriというグッズを作ってくれるお店があったので、作ってみた。このハッタツ君は、まだ一緒に遊んでいた頃だ。これからどう付き合っていくか。考えている。(SUZURIのグッズはまだわたしが実物を見てない。届いていない。)

SUZURI 藤田壮眞のお店

https://suzuri.jp/ninja-umCcvt7fn6m9?utm


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